1993年に乗用車生産から撤退したいすゞ自動車にとって当時唯一のスペシャリティカーであると同時に、スペシャリティカーとSUVという異なるジャンルを融合させたクロスオーバーカーの先駆けである。
ハリアーやムラーノの3歩先を行っている、isuzuの快作。しかし国内登録1700台あまり。売る車でないにしても、カタログモデルとしては少量。これを4ドアにして、乗用車ライクに乗れるようにしながら、ユーティリティーがもう少しあれば、中古で欲しい。当時のisuzuには乗用車のプラットフォームがジェミニしかないからビックホーンになってしまう。この「中村史郎」とりまとめのデザインでトヨタか日産のプラットフォームと生産設備で作ってもらえればなあ。それってハリアーとムラーノか・・・。
「!」それはムラーノだな。ビークロスの正当な後継車は「ムラーノ」。






【概要】wikiより転載
1993年、いすゞはコンセプトカー「ヴィークロス」(ビークロスではない)を第30回東京モーターショーに参考出品させ、その前衛的なスタイリングが広く衆目を集めた。ただヴィークロスは量産型「ビークロス」とは異なり、ジェミニ4WD車のシャシーを流用しており、クロスオーバーSUVに近い性格のモデルであった。
ヴィークロスがショー来場者の良好な反応を集めたため市販型の開発が決定、1997年、車名も新たに「ビークロス」として発売された。(当時の担当者が運輸省へ認可のための書類を提出する際、誤って『ビークロス』としたといわれている。そのためか、いすゞのパンフレットなどにはプライドからか『ヴィークロス』と表記されているものが多い。)シャシーはビッグホーン・ショート型のものに変更となり、車種の性格も本格的なクロスカントリーSUVに改められた。ベース車種が大幅に変更となったため、コンセプトカーのデザインを再現するにあたって相当な困難があったとされている。実車は長くなったオーバーハングなどショーモデルと異なる部分はあるものの、全体としてショーモデルの雰囲気が再現されていた。車体組立てに本来収縮率の異なる鋼体とPPとをうまく接合させる事に神経を使うデザインであったため、かつて117クーペハンドメイド車に携わった熟練組立工が手作業で担当したのも隠れた逸話である。

